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2007.05.30 *Wed*

さくらさくら

さくら さくら
やよいの空は 見わたすかぎり
霞か雲か 匂いぞ出ずる
いざや いざや 
見にゆかむ


070530_0113~01.jpg


桜が・・・が~んなことに・・・

みんな"さくら"という歌が漠然としすぎているから、
気持ちを込めようにも出来ないのかもしれない。
だってオリジナルの作曲者も作詞者も分からないんですもん。
武満徹さんはあくまで編曲者。
"さくら"は今あまりにも正体不明な存在なのではないでしょうか。

ということで今日はさくらについて色々調べてみようと思います!!

まずは手元にあった百人一首の教科書を見てみましょう。
桜の歌を探してみようと思います。


花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
小野小町

ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
紀友則

いにしへの 奈良の都の 山桜 けふ九重に にほひぬるかな
伊勢大輔

もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
前大僧正正行尊

高砂の をのへの桜 咲きにけり 外山のかすみ 立たずもあらなむ
前中納言匡房

花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
入道前太政大臣


(※続きに訳をUPしますので、訳が気になると言う方はどうぞ)

六首ありました。
数は少ないですけど、どれも心のこもった歌ですよね。

"さくら"の歌詞の言葉って、3と7で区切れますよね。
3とか7っていうのは言葉がリズムとか音楽性を持つのに大切な数字なんですって。
和歌にも通じるんでしょうか?


さ。
ところで"さくら"って誰が作曲・作詞をしたんでしょう?
"さくら"の元歌に江戸時代にうたわれた「咲いた桜」というのがあるんですって。


咲いた桜

花見て戻る
吉野は桜
竜田は紅葉
唐崎の松
常磐常磐(ときわ ときわ) 深緑


それを1888年東京音楽学校の「箏曲集」の中に改訂したものが取り入れられ、
日本を代表する歌謡として広く知れ渡るものとなったようです。
これが私たちが普段『うた』で歌っている"さくら"です。

ところでこんな"さくら"の歌詞もあるの、ご存知ですよね。


さくら さくら
野山も里も
見わたすかぎり
かすみか雲か
朝日ににおう
さくら さくら
花ざかり


この歌詞はというと、江戸時代の国学者である本居宣長の和歌、
「敷島の 大和心をひと問はば 朝日に匂う 山桜花」からとられているそうです。
昭和16年国民学校初等科音楽教科書、
『うたのほん 下』(2年生用)にこのバージョンの歌詞が用いられました。
昭和16年といえば、太平洋戦争開戦の年。
「朝日」は日本、「におう」は「美しい」「映える」を意味します。

「さくら」も時代によって変わってきていたのですね。
"さくら"の歌に戦争の歴史が映し出されていたなんて思いもしませんでした。
今は元来の歌詞の方が沢山の人に口ずさまれ、親しまれています。
そのことに何だかホッとします。
 
やはりオリジナルの作詞者・作曲者が誰なのかは分からないようです。
誰が歌ったらしいとか説は無いんでしょうかね?
日文関係の本とか探したら見つかるかな?
明日も図書館に行って参考文献探しをするつもりなので、
もし余裕があれば探してみようと思います。

あぁ、気分転換できたかな。
早く寝なくちゃ。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
小野小町


(訳)さくらの花の色つやはむなしく失せてしまったわ。春の長雨が降っていた間に、私がむなしくこの世を過ごし物思いにふけっていた間に。
(主題)色あせた桜に寄せての、容色の衰えと憂愁の心。
(鑑賞)妖艶で美人の誉れ高い小町が、晩年落ちぶれて諸国を流浪したという伝説がある。盛りを過ぎた作者の憂愁の心が滲む。



ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
紀友則


(訳)日の光がのどかな春の日に、落ち着いた心もなく、どうして桜の花ははらはらと散るのであろうか。
(主題)春ののどかな陽光の中に散る桜の美しさを惜しむ心
(鑑賞)「世の中に絶えて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし」(在原業平。はらはらと散る桜がなければ春はのどかだろうに)と似た発想の歌。はらはらと散る桜の花の「しづ心」(落ち着いた心)のなさを歌った歌ではあるが、全体にゆったりと流れる調べをもち、むしろ爛漫の春を味わい楽しむ、ゆとりの境地を歌ったものだと言える。



いにしへの 奈良の都の 山桜 けふ九重に にほひぬるかな
伊勢大輔


(訳)昔の奈良の都で咲き誇っていた八重桜が、今日は京ここの九重の宮中で、美しく照り映えて咲いていることです。
(主題)旧都平城京の八重桜が、平安京の宮中に咲く美しさ
(鑑賞)かつて栄え、今は古くなってしまった平城京の、有名な山桜が平安京の宮中に奉納された。その時、その花を題にして詠めと命じられた歌。技巧を凝らし、華麗な宮中と桜を共に愛でた、才気溢れる歌である。



もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
前大僧正正行尊


(訳)お前も私を懐かしいものに思っておくれ、山桜よ。こんな山奥ではお前のほかには、私の気持ちがわかる人は一人もいないのだ。
(主題)修行のために入った深山での山桜に呼びかける孤独感
(鑑賞)俗世をのがれ出家して、修行のために入った吉野の大峰山の山深く、思いがけず山桜に出会った。こんなところに桜が咲いている、と驚き喜んだことであろうが、それを知るのもまた作者一人なのである。山桜を擬人化し、お互いにその出会いの灌漑を分かちあおうとする、孤独な思いを表している。



高砂の をのへの桜 咲きにけり 外山のかすみ 立たずもあらなむ
前中納言匡房


(訳)あの高い山の峰の桜が咲いたよ。花が見えなくなっては残念だから、人里誓い山の霞よ、どうか立ち込めないでいておくれ。
(主題)はるかな山の峰に咲く桜への愛着
(鑑賞)内大臣藤原師通邸での宴席で、はるかに山桜を望み見る気持ちを歌った歌と、詞書にある。高砂はここでは「高い山」を指し、外山は人里近い山を指す。この対比を以って奥行きを持たせながら「高砂のをのへ」を歌い、品位ある格調高い歌に仕上げている。



花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
入道前太政大臣


(訳)桜の花を誘うように散らす、嵐吹く庭の、その花吹雪ではなくて、(ほんとうに)古りゆくものは私自身であるよ
(主題)桜の落花に寄せて述べる自身の老いの嘆き
(鑑賞)「花吹雪」と言うように、「落花」は「雪」に例えるのが通例である。「降りゆく」桜と「古りゆく」わが身とをかけて、深い老いの自覚・嘆きを歌っている。比類ない栄華・権勢を誇りながら、なお避け難く訪れる身の老いを嘆いている。


『小倉百人一首』
島津忠夫・櫟原聰著、1992.11、京都書房

※和歌・訳・主題・鑑賞を書くにつき参考とした。
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Author:moeroze
2010年に大学を卒業後、上海で半年勤務。2011年から引き続き上海でお仕事。
大学時代中国語を一生懸命勉強したので、これから数年は英語をしっかり学び直すのが目標。
音楽、歌、絵を描くのも大好き。
3~4年後には4ヶ国語目の勉強を始めたい。ハワイ語勉強したいな。



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